2009年03月13日
五十畑 氏の全国にうんちくをさらけ出すブログ吉野ヶ里遺跡
佐賀県に有るんですね。一度行ってみたいです。
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吉野ヶ里遺跡とは、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵に、およそ50ヘクタールにわたって遺構が残る、弥生時代の大規模な環濠集落跡である。
1986年からの発掘調査によって発見され、現在は国営吉野ヶ里歴史公園として一部を国が管理する公園となっている。物見やぐらや二重の環濠など防御的な性格が強く日本の城郭の始まりとも言えるもので、2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(88番)に選定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。
佐賀県東部は、福岡県境に標高1,000メートル前後の背振山地を北端に、背振山地南麓の丘陵地帯、佐賀平野(筑紫平野)、有明海へと移るにつれて標高が低く、南に開けた地形となっている。吉野ヶ里丘陵はこの背振山地南麓の丘陵地帯の1つである。
最終氷期が終わってからの温暖期には縄文海進と呼ばれる海面上昇があったため、吉野ヶ里丘陵の南端付近まで有明海が広がっており、最も海面が高い縄文時代前期には海岸線は遺跡から2-3キロメートル程度と非常に近かったと推定されている。この海岸線は、温暖化による海面上昇と筑後川をはじめとした有明海に注ぐ各河川の土砂の堆積作用によって次第に後退したと考えられている。
現在でも有明海は干潮時と満潮時の潮位差が平均5-6メートルと大きく、遠浅の干潟が広がっている。発掘された遺構から、すでに縄文時代にはこの地域に集落があったと考えられている。その時代に集落が形成された原因として現在推定されているのは、この地域が当時海に近かったことが大きく関係している。有明海の大きな干満差(これを利用して移動する航法が現在も残っている)や筑後川などの河川(縄文海進時には筑後川河口はもっと遺跡に近かったと推定されている)を利用して船の行き来が容易だったこと、貝類やカニといった食料が豊富に得られたことなどの好条件が揃い、この地域に人の定住が始まったと考えられている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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